 |
正式名称 |
仙巌園 附 花倉御仮屋庭園
せんがんえん つけたり
けくらおかりやていえん |
築庭年月 |
万治元(1658)年 |
面 積 |
50,000m2 |
名勝指定 |
昭和33(1958)年5月15日 |
| |
◆桜島を築山に、錦江湾を池に見立てた雄大な借景庭園
仙巌園は、江戸時代初期に島津光久(19代当主)によって築庭され、中国龍虎山の仙巌にちなんで「仙巌園」と名付けられました。四季折々の美しさに加え、桜島(築山/遠景)と錦江湾(池/中景)を借景に取り入れた雄大な風景が楽しめる大名庭園として、県民や国内・海外からの観光客に親しまれています。
◆中国文化と調和した日本庭園
薩摩は我が国の「南の玄関口」に位置し、当地を治めてきた島津氏も、琉球王国を介して積極的に中国の文物を受容し、その文化の影響を受けました。仙巌園は、そのような環境の下で整備されたため、日本庭園でありながら、各所に中国の作庭趣法を取り入れており、独自の調和美をつくりだしています。
「望嶽楼」は琉球国王から贈られたもので、薩摩藩主が琉球使節を応接するときに用いられたと伝えられる中国風の建物です。床は清朝初期の阿房宮の床瓦を、額は4世紀の中国東晋時代の文人王義之(おうぎし)の書を模したと言われています。邸宅裏山の岩壁には中国式庭園に多く見られる磨崖文字が彫られ「千尋巌」と刻まれています。後苑には、中国の御禊(みそぎ)儀礼を淵源とする「曲水の宴」を催した「曲水の庭」が築かれ、さらにその後ろに江戸時代中期に、中国から日本で輸入した孟宗竹を移植した場所「江南竹林」が広がっています。孟宗竹はこの仙巌園から日本各地に広まりました。「曲水の庭」と「江南竹林」は浙江省紹興市蘭渚(らんしょ)にあった王義之の別邸「蘭亭」を強く意識して作庭されたものと言われています。
このように、仙巌園では、広大な敷地の随所で中国文化の強い影響を感じることができます。 |
|